「東京都美術館開館100周年に向かって」
「混迷の中で」と題した昨年の挨拶文の中で私は、「文化・芸術が我々人間の生活に占める役割はますます重要なものとなってきました。なぜなら、困難の渦中にあってこそ、人は生きる意味と喜びをそれらに見いだし、自らの原点を見つめなおし、また前へと進む力を生み出すことができるからです」と記しました。一年を経て、世界はますます混迷の度を深めつつありますが、それに反比例するように、文化・芸術を求める人々の数はさらに増え、その情熱の度合いも高まっているように感じられます。
本年度、東京都美術館では、昨年度末より引き続いて特別展「ミロ展」をバルセロナのジュアン・ミロ財団との共同主催で7月6日まで開催します。世界中から集った選りすぐりの傑作の数々により、ミロの芸術の真髄を体感できる大回顧展です。続いて秋には、ファン・ゴッホ家のコレクションに焦点を当てる特別展「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」を開きます。ファン・ゴッホ美術館の作品を中心に、ゴッホの作品30 点以上に加え、日本初公開となるファン・ゴッホの手紙4通なども展示し、家族が守り受け継いできたコレクションを紹介する画期的なテーマの展覧会です。また、2026年1月には、スウェーデン国立美術館の全面協力のもと、スウェーデン美術黄金期ともいえる19世紀末から20世紀にかけて生み出された魅力的な絵画をとおして、自然と共に豊かに生きる北欧ならではの感性に迫る特別展「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」を開催します。
企画展では、「つくるよろこび 生きるためのDIY」と題し、芸術と日常生活の垣根を越え、人々の「よりよく生きる」ことへの思いが導くDIY(Do It Yourself、自分でやってみよう)の可能性について、5組の現代作家と2組の建築家の視点で問いかけます。
東京都美術館の源流の一つでもある公募展は本年度も多数開催されます。「上野アーティストプロジェクト」では、公募団体展と共に歩み続けてきた当館の歴史と伝統を踏まえ、毎年魅力的な企画テーマを設定し、公募団体などで活躍している現代の作家を紹介しています。本年度はその第9弾。刺繍や刺子の技法を用いて表現活動を展開してきた作り手たちに注目します。
さらに「コレクション展」では、同時開催の「上野アーティストプロジェクト」にあわせ、都立美術館、博物館に所蔵される多種多様なジャンルの資料を「刺繍」という切り口から紹介する展覧会を実施し、上野を訪れる美術愛好者に東京都の幅広いコレクションを紹介します。
展覧会のほかにも、東京藝術大学と市民と連携した「とびらプロジェクト」をはじめ、子供から高齢者まで、障害の有無にかかわらずすべての人が美術館を創造的に楽しむことができるよう、様々なアート・コミュニケーション(AC)事業の取組を今年度も継続してまいります。夏には、2012年から始まった事業の歩みとそのエッセンスを振り返り、多彩なAC事業が体験できる特別企画「アート・コミュニケーション事業を体験する 2025」を開催します。
我が国初の公立美術館として1926年(大正15年)に誕生した東京都美術館は、来る2026年に開館100周年を迎えます。東京都を代表する美術館として東京都民だけでなく、最近では海外から来日する多数の方々にも親しまれていますが、ご紹介した各展覧会やAC事業だけでなく、美術情報室やアートラウンジ、レストランやカフェ、多彩なグッズが溢れるショップなどの館内施設も大変充実しています。緑と花に囲まれた美しい上野の森を散策しながら、美術館内での時間も十全に愉しんでいただきたいと思います。そして美術が人々の心にもたらす華やぎや癒しと共に、明日の新しい世界への希望を当美術館の多彩な活動の中に見出していただきたいと願う次第です。
2025年4月
東京都美術館 館長 高橋明也