美術館をめぐるさまざまなテーマについて、美術に携わる識者から寄せられたエッセイです。
東京府美術館と盆栽
加藤弘子(平塚市美術館特別館長、元東京都美術館学芸員)
盆栽と鉢植の違いについて園芸文化史研究者・岩佐亮二氏は、鉢の草木に自然 の景観から受ける豪壮・可憐・繊細・佳麗などの感興を想起させる風趣の重視が盆栽であり、鉢植とは植物の花や葉、実の姿や香りを直接的に楽しむものだとしています(『盆栽文化史』八坂書房 1976年)。
昭和初期、こうした盆栽の精神性・象徴性を日本文化のひとつの現れとし“生きた芸術 ”であると唱えたのが、小林憲雄(1889–1972)でした。編集者だった小林は、大日本盆栽奨励会機関誌『盆栽』主幹を務め、盆栽研究家としてその社会的地位向上に尽力します。大正から昭和初期に盆栽の芸術性について積極的に発言し、東京府美術館での盆栽展開催を目指しました。盆栽が彫刻や絵画と同じ近代的芸術であると広く認知されるには、官設美術展(帝展)が開催される美術館での展覧会が必要だと考えたのです。しかし、土や植物を持ち込む展示は簡単に許可されませんでした。それを助けたのは、彫刻家朝倉文夫(1883–1964)です。府美術館の評議員だった朝倉は、生け花や盆栽にも造詣が深く、作品制作において自然から学ぶことの重要性を強く説いていました。そこで府美術館で開催する「朝倉塾彫塑展覧会」で、彫刻と植物の一体的な展示を実践し先例を作ったのです。その翌年の1934(昭和9)年、念願の「国風盆栽展覧会」第1回展が府美術館で開催されます。近代の盆栽史において画期的な出来事でした。
今でも美術館では基本的に植物や土の持込みはできません。しかし当館で盆栽や水石、生け花などの展覧会が例外的に開催されてきた背景には、1926年に開館した日本初の公立美術館を舞台に、各分野での近代化と芸術の領域を広げようとする先人達の強い思いがあったと言えるでしょう。
(『東京都美術館ニュース』No. 473 2022年12月より転載)
加藤弘子(Hiroko Kato)
平塚市美術館特別館長。元東京都美術館学芸員。東京都現代美術館では学芸員、事業企画課長を務め、「東京府美術館の時代1926–1970」展などを担当。近現代美術館における業務に幅広く携わる。