美術館をめぐるさまざまなテーマについて、美術に携わる識者から寄せられたエッセイです。
「東京ビエンナーレ ‘70」との出会い
渡部葉子(慶應義塾大学アート・センター 教授/キュレーター、慶應義塾ミュージアム・コモンズ副機構長)
東京都美術館の学芸員になって間もない頃、ある画廊で一冊のカタログを見せてもらいました。正方形の写真を横向きに使った不思議な表紙のカタログに薄い同型の別冊が付いていました。これが「東京ビエンナーレ ‘70」との最初の出会いです。
この展覧会の正式名称は第10回日本国際美術展——毎日新聞社が現代日本美術展と隔年で開催していた展覧会の10回目に当たります。中原佑介が「人間と物質(の間)」というコンセプトを立て、作家を選択し、当時毎日新聞にいた峯村敏明が伴走して支えた展覧会でした。そのカタログを見た第一印象は「どうしてこんな展覧会ができたのだろう?」というものでした。何故ならば、そこには1980年代末の当時、世界で活躍する重要作家や日本を代表する作家たちが名を連ねていたからです。出品作家は全部で40名、日本作家は既にニューヨークに渡っていた河原温を含め13名。27名の海外作家のうち、実に17名が来日し、日本在住の12名と合わせて29人が展示に関わったのです。4月11日にニューヨークからやってきたカール・アンドレとソル・ルウィットを皮切りに続々と作家たちが到着し作品の準備を始めます。しかし、貸会場ゆえ、現場での展示作業に当てられたのはオープン前日の5月9日のみ。これだけの作家たちが(しかもその若き日に)、そこに集まってあちこちしていた姿を思い浮かべるだけで興奮してくるではありませんか。
1970年5月に開催されたこの展覧会は、1969年ゼーマンが企画した「態度が形になる時」展など、同時代美術展の大きな変化を告げる一連の展覧会に、位置づけることができるものでした。ゼーマンの展覧会は非常に有名ですが、その会場となったベルンのクンストハーレを都美(旧館)と比較してみたことがあります。都美の方が何倍も広いことに驚かされました。その広い会場で1室に1人あるいは2人を配するという展示を実現した展覧会だったのです。
画廊でカタログに出会ってから40年近く、この展覧会についての探求はまだ続いています。
渡部葉子(Yohko Watanabe)
慶應義塾大学アート・センター 教授/キュレーター、慶應義塾ミュージアム・コモンズ副機構長。東京都美術館、東京都現代美術館において学芸員として活動。2006年より慶應義塾大学アート・センターに勤務。展覧会や各種催事を企画実施するとともに所管アーカイヴにも関わる。アーカイヴと展示やワークショップを結びつけた活動を展開。