本展では自然に深く関わり制作をつづける現代作家5人をご紹介します。野生動物、山の人々の生業、移りゆく景色や植生、生命の輝きや自然の驚異を捉えた作品は、自然とともに生きるつくり手の瑞々しい歓喜に溢れています。同時に、ときに暴力的に牙をむき、したたかな生存戦略をめぐらせる自然の諸相を鮮烈に思い起こさせ、都市生活では希薄になりがちな、人の力の及ばない自然への畏怖と敬意が感じられます。未開の大自然ではなく自然と人の暮らしが重なる場から生まれた彼らの作品は、自然と人の関係性を問い直すものでもあります。
古来人間は、自然の営みに目を凝らし、耳をすまし、長い年月をかけて共生する術を育んできました。自然に分け入り心動かされ、風土に接し生み出された作品は、人間中心の生活のなかでは聞こえにくくなっている大地の息づかいを伝えてくれます。かすかな気配も捉える作家の鋭敏な感覚をとおして触れる自然と人のあり様は、私たちの「生きる感覚」をも呼び覚ましてくれるでしょう。
都市を出て、豊かな自然と風土に身をおいたつくり手をご紹介します。 川村喜一が移住者としての新鮮なまなざしで撮影した知床の日常や、榎本裕一が魅了された極寒の根室の景色をモティーフとした作品が、東京の展覧会場に自然の息吹を伝えます。
ミロコマチコは、東京都美術館の個性的な広い空間に合わせて、生命のうごめく奄美大島をイメージしたインスタレーションを制作。ふるさかはるかは、取材地の漆を使った15枚組みの大きな木版画に取り組み、青森の木立のような展示空間をつくります。
写真、木版画、油彩画、水彩画、インスタレーションなど5人の現代作家による多彩な作品を展示。倉科光子による東日本大震災の津波と復興がもたらす植生の変化を捉えつづける作品をはじめ、さまざまな角度から人と自然の関係を見つめ直します。
1990年東京生まれ。写真家・美術家。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、2017年に「自然と表現、生命と生活」を学び直すため、北海道・知床に移住した。新たに家族となったアイヌ犬・ウパシとの暮らしや、知床の風景や野生動物を新鮮なまなざしで撮影しつづけ、2020年に写真集『アイヌ犬・ウパシと知床の暮らし』(玄光社)を出版。狩猟免許を取得してしだいに生活者となるなか、実感を伴った生命の循環をインスタレーションで発表している。
1976年大阪府生まれ。美術家・木版画家。フィンランド、ノルウェーなど北欧での滞在制作を経て、2017年からは青森で自然とともに生きる人々に取材を重ねながら制作に取り組んでいる。自ら採集した土、自ら育てた藍から絵具をつくり、木のかたちや木目を生かして版木をつくるなど、自然と関わる手しごととしての木版画にこだわりをもつ。近年は取材地で出合った漆に注目し、その樹木を版木に、樹液を絵具に取り入れた作品を試みている。2023年、青森での取材をまとめた作品集『ことづての声/ソマの舟』(信陽堂)を出版。
1981年大阪府生まれ。画家・絵本作家。本の装丁や展覧会、ライブペインティングなど幅広い活動を行う。2019年、「生きる」ことに軸を置き、絵を描きたいと奄美大島に移住。自然と生活の密接なつながりを感じながら、いきものの気配や生命の煌めきが濃厚に漂う作品を生み出している。移住後の作品には、身近ないきものに加え、精霊や竜など目に見えない存在が捉えられている。2023年、4年ぶりとなる新作絵本『みえないりゅう』を発表。
1961年青森県生まれ、東京都在住。2001年から植物画を始める。2013年から東日本大震災の被災地に足を運び、浜辺や津波の浸水域に生えた植物を描きつづけている。津波により、内陸の植物が浜に根を下ろしたり、何十年も地中にあった種が芽生えたりした様子に加え、近年では復興事業で変わりゆく植生にも目を向ける。人と植物の時間スケールの違いが意識させられる一方、植物と目を合わせるかのような低い視点から描かれる植物には、被災した人々の営みも重ねられている。